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血が飛ぶ。怒号が飛ぶ。魔法が飛ぶ。

 ついでにヨハンの首が飛ぶ。

 だだっ広い草原のいたるところで、見るだに恐ろしい殺し合いが繰り広げられている。

 東軍、吸血鬼だけを揃えた少数精鋭。ムルナイト帝国軍。

 西軍、刀剣の民による戦闘集団。ゲラ=アルカ共和国軍。

「閣下! 例の〝月桃姫〟の部隊が乗り込んできます! 迎え撃ちましょう!」

 カオステルが叫んだ。叫ぶ間にもわけのわからん空間切断魔法で迫りくる敵どもをずたずたにしている。他の連中も血走った目で敵軍に突貫してバッタバッタと翦劉種たちを粉砕。粉砕された翦劉種の真っ赤な血液が噴水のように飛び散って草原を潤した。

「死ねやゴラァァァッ!」「ゲラ=アルカの鉄クズどもがぁぁぁッ!」「閣下にお褒めいただくのはこの俺だァァァ!」「おいてめえそれは俺の獲物だぞ!」「ふざけんな俺が先に見つけたんだよッ!」「横取りなんざ許さねえぞ死ねやあああ!」「ぎゃあああああああ!」

 ………………。

 …………。

「お喜びくださいコマリ様。敵がドン引きしております」

「喜べるわけないだろ!?」

 私は魂の絶叫をあげた。

 核領域である。つまり戦争である。野獣のように暴れ回る部下たちを眺めながらドキドキハラハラするのはいつものことだが、今回に限っては状況が違う。

 既に第七部隊の半分は戦闘不能なのだった。

 ベリウスは負傷して動けない。ヨハンはいつの間にか死んでた。残っている幹部は私のそばで獅子奮迅の働きをしているカオステルと、私のそばで謎のダンスを踊っているメラコンシーと、私のそばで暢気にお饅頭を食べているヴィルだけだった。

「それにしても此度の戦いは凄まじいですね。敵がすぐそこまで迫っています」

「他人事みたいに言いやがって! なんでおやつ食べてるんだよ!」

「アマツ殿からの贈り物が残っていたので……コマリ様も食べます?」

「食べてる場合じゃないだろ! 食べるけど!」

 私は手渡されたお饅頭を引っ手繰って口に運んだ。あんこが入っていた。甘かった。この饅頭も、私の考えも、何もかも──

 そのとき、前方から勢いよく飛んできた刀が私の足元にグサリと突き刺さった。

 私は慌ててヴィルの背後に隠れながら敵軍の様子をうかがう。翦劉種たちは第七部隊の本陣目がけて死に物狂いで驀進している。下手をすればうちの連中が突破されてしまうかもしれない。怖い。

「くそ……なんでこんな状況になってるんだよ!」

「それは敵が強いからですね。かの月桃姫は今をときめくアルカの大将軍。前回の一件で、世間的な評価はコマリ様と同等になりました」

「実際の実力はミジンコと恐竜くらい違うだろ」

「コマリ様が恐竜ですね」

「なわけあるか~っ!」

 私はヴィルの背中をぽかぽかと叩いた。いや、こんな腹の足しにもならない掛け合いをしている場合じゃないんだ。すぐそこに〝死〟が迫ってるんだよ……!

「閣下。これは少々まずいですね」

 カオステルが脱獄に失敗して刑期が延びた受刑者のような表情で言った。

「我が軍の被害が甚大です。一方で月桃姫の陣営はそれほど崩れていません。チームを組んで必ず二対一になるよう上手く立ち回っているのです。なんと卑劣な……!」

 うちが単純バカすぎるだけだろ!──と言いたいところだが言えない。

 部下の期待を裏切るわけにはいかない。新進気鋭の七紅天ということになっている私は、こんな状況でも余裕ぶっこかなければならないのだ。心底嫌だけどな!

「安心しろ。私に考えがある」

 私は不敵に笑って言った。ちなみに考えはない。

「だが、それを私の口から言ってしまっては面白みに欠ける。なあヴィル、聡明なお前のことだ。私の考えに考えが及んでいるんじゃないか?」

「私の考えではコマリ様の考えに考えが及びません」

「及べよ!!」

「閣下! 月桃姫が──ネリア・カニンガムが現れました!」

 そのとき、鉄のにおいのする旋風が草原を駆け巡った。

 私はびくりとして敵軍のほうを見やる。

 そいつは積み上げられた吸血鬼の屍を背に傲然と立っていた。

 桃色の髪。ガーリーな軍服。

 両手に携えた鋭利な双剣が真っ赤に濡れている──刀剣の国のお姫様、月桃姫ことネリア・カニンガム。

 私と同い年の殺人鬼は、あどけない笑みを浮かべると、まるで旧来の友達に接するかのような態度で、しかしあくまで高圧的にこう言うのだった。


「──やっと辿り着いた。コマリ、私のしもべになりなさい」


 少し考えてみよう。六つの種族のうちでもっとも凶暴なのはどれか。

 もちろん吸血鬼は凶暴である。うちの部隊が何よりの証拠だろう。

 お隣の獣人だって凶暴だし、北方の蒼玉だってそれなりに危険なやつらだ。

 だが──「ほしいものは殺してでも手に入れる」、そんなことを公然と言ってのけるばかりでなく実際に実行してしまう連中もぶっ飛んでいると思う。

 そう、翦劉種。

 刀剣に愛された鉄の戦闘民族。

 彼らは恋人を得るときにも相手をボコボコにして従わせるのだという。そして私はボコボコにされてあいつのモノにされる寸前の状態に陥っていた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 思えば、あいつの招待状を受け取ったときから歯車が狂ってしまったのだ。

 嗚呼。あのリゾートにさえ行かなければ──

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